何かに『はまる』人生
はまったからこそ見えた
ドラマチックな展開が面白い

執行役員

畑村 達樹
Tatsuki Hatamura

2016年末、EYS-STLEにアルバイト入社。 2018年より同社の社員となる。
体 験テレマ課の課長、カスタマーサポート業務、営業業務、イベント業務などを経て、カスタマーサポート課の課長。2020年1月25歳の最年少執行役員に就任。酒の弱い酒好き。

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何かに『はまる』と、こんなにも人生が変わっていくものか――と、驚かしてくれたのは、EYS-STYLE(以下、EYS)の最年少役員として2020年1月に就任した 畑村 達樹氏25歳。21歳で上京し、EYSにアルバイトとして入社した彼は、EYS音楽教室の電話・メールの窓口として、お客さま・会員さまに対応し実績を築いてきた。彼の対応が顧客満足や実績を生み出せるのは、一つ一つの案件を丁寧に把握し掘り下げて考え、自らが介在する価値をプラスの要素として顧客へ提供できるからだろう。そんな最年少取締役 畑村達樹はどうやって出来上がったのか、話を聞いた。

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バイトとゲームに『はまった』高校時代。お陰で高2を2回、4年で卒業!

「ろくな高校生活じゃなかったですね」と笑う畑村氏。高校時代夢中になったのは、バイトとゲーム。家から出ず、学校にも行かず、高2をしっかり2回、4年通って2014年無事に卒業した。卒業後は、実家を出て一人暮らしをスタート。アルバイトとして昼間は飲食店で、深夜0時~6時は大手通販のコールセンターでTVショッピングの視聴者からの電話を受ける。「深夜なので、電話をかけてくるのは酔っ払いやネットが使えないお年寄りが多く、正直会話にならないこともあり大変でした」大変と言いながらも、着実に業務を行いスキルアップ!すぐにクレーム処理にあたる部署へ異動となる。
20歳。その頃、はまっていたのはゲームからお酒に変わっていた。「ゲームは単純に家から出なくなった(=学校へ行かなくなった)という苦い思い出があったので、それを反省し外に出て飲み歩くようになりました」仕事も評価され、自由な一人暮らし。仕事の後は楽しくお酒を飲みたいし、皆におごりたい!友人も多く、気の向くままに楽しく過ごす毎日だったが、その生活も終わりを迎える。きっかけはキャッシングだった。「キャッシングが自分のお財布感覚になっていた部分もあり、借金が170万円ほどに膨れ上がっていたのです」。

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お酒に『はまって』借金170万円!しかしそれがEYSとの出会いになる

弱冠21歳で借金170万円!若気の至りとはこういうことか…。しかし畑村氏は、ここからがすごかった!アルバイトを辞め、アパートを引き払い、友人を絶ち、借金と共に上京する。既に仕事で東京に住んでいた両親のところへ転がり込んだのだ。2016年12月上旬。『とにかく借金を返す』と強く思い仕事を探す。「時給の良いアルバイトを探しました。時給の相場は1200~1300円のところEYSは1500円。2000円のバイトもありましたが、それは怪しいと考えEYSに応募しました」適性検査→担当者面接→社長面接を経て、12月17日が初出社。上京してほんの数日後のことだった。
入社後の仕事は、体験テレマーケティングという、レッスンを体験したいというお客さまからの問合せに応え、ご要望を満たす業務だ。問合せも多様ではじめは苦慮しそうな業務だが、既に福岡の通販会社での経験がありノンストレスで対応していく。「EYSのお客さま・会員さまは普通の方です。前職の客層に比べると難しいことはありませんでした」。確かにEYSへの問合せは、音楽を学びたいという前向きな方々の迷いや不安に寄り添うもの。お客さまや会員さまのその純粋な想いに応えるかのように、畑村氏はのびのびと仕事をする。
毎月15万円ずつ返済し1年で170万円全額を完済。「最低でも2万円ずつ返済すればよかったのですが、EYSの給与が良かったことと、東京に友人がいないため遊ばなかったことが幸いしました」と涼しい顔で語る畑村氏だが、1年もの間返済続けるのは困難なはず、どんな心境だったのか。「新規会員の獲得件数が毎日発表されていたので、単純に目標を達成することが面白かったのだと思います。競争意識はなかったのですが、常に1番を目指して取り組みました。どのように話せば良いのか、自分の中で成功パターンができてきて、それを実行し検証する繰返しが面白く、気づいたら借金も完済していたという感じです」。

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体験テレマからカスタマーサポートへ異動。苦労の中から見えた自由な発想

借金を返済し、仕事も順調。そんな畑村氏にさらなる試練が訪れる。入社して半年後の2017年6月に、人員が足りないとカスタマーサポート課(クレーム対応)へ異動となる。福岡時代も同様の異動を経験したが、EYSのそれは難易度が高いことを痛感する。「モノを介する通販は、修理や交換などクレームの解決策が明確。ですが、モノではなくサービスを提供するEYSでは正解がありません。双方悪くないというケースがあったり、問題解決後も不満が残ってしまったり…明確なゴールがない中で進めていくしかなく…」。もがく畑村氏だったが、あることに気づく。それは、『正解がないからこそ、対応する人間次第で結果が変わる』ということだ。顧客満足度を上げるも下げるも自分のやりかた次第。自分で自由に考えて良いのだ。
『自由』と聞いて水を得た魚のように生き生きする人もいれば、『自由』と聞いても何をしたらいいのかわからない人もいる。畑村氏は間違いなく前者だ。何かにとことん『はまる』経験を持つ畑村氏にしてみれば、自由は有難い。畑村氏は自由な発想で、数々の案件を顧客満足という域にまで料理していく。「自分が担当したからできたのだ!と思える案件もあり達成感がありました」。仕事の中に、自身の介在価値を見出した人は強い。途中、上長が入院し一人で全案件を回さねばならない局面を迎えるも落ち着いて乗り越える。「この経験でお客さまにご入会前のことはもちろん、入会後のレッスンイメージまでお伝えできるようになり、自分の視野も格段に広がりました」。畑村氏の対応はEYSの顧客満足度を一段と上昇させるものとなりその実績が評価され、アルバイト入社1年後の2017年年末に社員に、その半年後にはテレマーケティング課のリーダーとなる。

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仕事の面白さに『はまって』業績が着実にアップ!

次に彼がはまったのは、対面業務だ。EYS音楽教室では体験レッスン後は、原則レッスンを担当した講師が受講システムの説明をする。様々なコンテンツが用意されているEYSでは、よりお客さまにフィットした音楽ライフを送って頂こうと考えているからだ。畑村氏達の体験テレマーケティング課は、体験レッスンを受けるまでの電話やメール案内となるが、体験後も講師の代わりにスタジオへ出向きお客さまに直接コンタクトする業務をスタートする。「講師に時間がなく説明が十分にできないこともあり、お客さまの取りこぼしを失くすべくはじめました」。とはいえ本来の業務がありスタジオへ出向くことが難しかった畑村氏は、自身の休日にスタジオへ行けるよう日程をコントロール。他のスタッフには告げず休日を返上してスタジオに出向き対面業務を行っている。これも、彼が仕事に『はまった』一例だろう。お陰で次々と新規契約を獲得し、業績は着実に上がっていく。
話はずれるが、ここで彼の両親の話にも触れてみたいと思う。福岡で一人暮らしをしていた畑村氏が両親の東京行きを知ったのは、母親のFacebookだ。見慣れた自宅からの風景画像と共に『この家ともお別れ』という投稿があり、母親に慌てて連絡をすると上京するという。両親の東京での仕事は成功を納め、先見の明もありビットコインの恩恵に預かり東京の住まいは引っ越す度にグレードアップ!今は、都内の高級タワーマンションで暮らしている。
両親もスゴイが、その隆盛極める生活を横目に、淡々と自身の借金を返済する畑村氏もスゴイ。「人生にはこういうこともあるのか、と両親をみていました」と、至って冷静だ。両親に頼って返済しようとは考えもしなかったのだ。

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『はまる人生』は、新たなフェーズへ

くどいようだが、畑村氏は『はまる人』だ。ゲームにはまり、お酒にはまり、そして仕事にもはまる。とことんはまるところまでいく。だが、それだけではない。彼がスゴイのは何にはまっている時にでも、俯瞰して自分を眺めそこから仕組みをつかみ、何かしらのワークフローを見出してきたことだ。ゲームから抜け出すフロー、借金を返済するフロー、クレームを処理するフロー。自分で考えて行動してきた畑村氏だからこそ成せるワザなのかもしれない。
そのはまる人生はビジネスという土壌の中で、新しいフェーズを迎えている。EYSでは社長の吉岡の先導で、仕事の状況を勘案し必要なメンバーに会社負担の福利厚生として、ビジネススクールへの入学を推奨している。畑村氏は既に、経営戦略やマーケティング、クリティカルシンキングといった科目を学び修了。「ある程度のキャリアのある方々(30~40代)の中に入りディスカッションしたり、予習・復習を強いられたりする環境は、とてもハードでしたが楽しい経験です。ビジネスパーソンとしての思考力の構築、ビジネスワードの知識蓄積にもなりました。一番の財産は勉強や仕事への向き合い方が変わったことだと思います」。この経験から、自分の生活の糧を得るためだった『仕事』が、人を巻き込み何かを生み出していく『ビジネス』へと、彼の中で劇的に変わっていった。これこそが、EYSがめざす『リーダーシップ』につながっていくのかもしれない。

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自分が『はまる』何かに、とことん向き合う

今取り組んでいるのは、彼がゼロから作り上げたチームをより強固にしていく仕事だ。顧客対応の経験から試行錯誤を通して見えたいくつものパターンを仕組み化してチームに伝授していく。「本当に良いチームができているので、引き続き気持ちよく働き続けられる場所となるようにしていきます」。そのメンバーに必要不可欠なのが、イメージ力だという。採用面接では、音楽教室の顧客対応の長所と短所をきちんと伝え、会話の中で言葉をすぐに絵としてイメージできるか人か否かを見ているという。このイメージ力こそが、顧客対応に不可欠な素養なのだ。
子供たちに大人になったら何になりたいかを聞いた時、『カスタマーサポートになりたい』とわざわざ言う子はほぼいない。しかし、既存の職業に自分を当てはめてみるよりは、できる、面白い、と思える何かにとことん向き合い、導き出したものを役立てることができたのならば、『自分が介在する価値ある天職に出会えた』と言えるのではないか。まずはとことん『はまって』みることが、人生をドラマチックにしていくのだと畑村氏は示してくれている。さて次に彼は何にはまるのか、今後も目が離せない。

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畑村 / 執筆記事

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音楽学習事業を推進する
プロジェクトメンバーのご紹介

鮎澤 和彦
音楽学習事業本部 本部長執行役員

鮎澤 和彦

1972年生まれ。幼少より母親より三絃(三味線)、箏の手ほどきを受け、人間国宝 米川敏子に師事し名取を許される(許名:敏和)、1996年 法政大学文学部日本文学科卒業後、株式会社すかいらーくに入社、バーミヤン担当としてキャリアを積む。2005年 NHK邦楽技能者育成会50期終了後、プロ活動へ。2011年 EYS-STYLE(現2nd Community)と業務委託契約にて講師に着任。その後正社員となり現在に至る。三味線、箏をはじめ、二胡などの伝統楽器の家元やその奏法、歴史について深い造詣を持つ。

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畑村 達樹
執行役員

畑村 達樹

2016年末、EYS-STLEにアルバイト入社。 2018年より同社の社員となる。
体 験テレマ課の課長、カスタマーサポート業務、営業業務、イベント業務などを経て、カスタマーサポート課の課長。2020年1月25歳の最年少執行役員に就任。酒の弱い酒好き。

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吉田 翔
スタジオ管理部部長

吉田 翔

大学卒業後、約7年間高級家具の販売営業として活躍。企業経営者、有名人など世の中に影響力の高い人々と仕事を介し、物事の捉え方や考え方など様々な影響を与えられる。その顧客の一人であった社長の吉岡の言葉によりEYS(現2nd Community)へ入社。入社後は気持を新たに、自由な発想で、エキサイティングな毎日を楽しんでいる。

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大澤 聡
R&Dエンジニア

大澤 聡

大手SIerに10年間勤務し、企業のシステム開発に従事。2012年EYS-STYLE(現2nd Community)入社。会員向けサイト「セカンドコミュニティ」立ち上げにあたり、Ruby on Railsによる開発を担当。

一度ベンチャー企業へ転職するも、2012年再入社。現在は、EYS-STYLEの基幹システムから会員・一般向けサイトまで全システムの開発から運用までを一手に担う。

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中間 啓介
R&Dエンジニア

中間 啓介

明治大学理工学部情報科学科卒業。卒業後は、大手SIerにてカメラや車、カーナビなどのハードウェア向けのシステムを開発。さらにWebシステム開発を経験したのちEYS-STYLE(現2nd Community)に入社。入社後は社内SEとしてEYS基幹システムの運用保守として、実開発と現場社員との調整や企画までをトータルに担当し活躍。今後は一般向けの大規模プロジェクトのサービス開発を手掛ける予定。

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